「なぜか犬の役が多かったんですよね。どんな演技か、ですか? お父さんやお母さんが帰ってきたら吠える(笑)」これは加瀬亮さんの幼いころのエピソード。近所に女の子が多くて、おままごとに強制参加(!)。しかもなぜか犬の役がまわってくることが多かったのだそう。そして日本アカデミー賞をはじめ数多くの映画賞で主演男優賞に輝く33歳の加瀬さんの最新作は『犬と私の10の約束』。またしても犬。でも今度は犬との共演だ。
「すなおに自分の興味を追求すると、こういうストレートな作品は対象から遠のいてしまうんです。ぼくがこの世界に入ったのも、いわゆる“エンターテインメント”とは一線を画すジョン・カサヴェテス監督やエドワード・ヤン監督の作品が原体験にあったから。だから“まっすぐな作品”はほかの役者さんにおまかせしたほうがいいかなと思っていました。でも以前から親交のある澤本(嘉光)さんが脚本を書かれた『犬と私の10の約束』のお話をいただいたときに、自分のなかの先入観をなくしてみようと思ったんです。実際参加してみたら、これからの自分の“場所”がひとつ広がりました。映画であることに変わりはない。どんな場所であれどんなかたちであれ自分の気持ちしだいなんだと、あらためて実感しました」
加瀬さんは「どこかてれくさかった」と、少し目線を落としてほんとうにてれくさそうに言ったあと、「でも本木監督が、ぼくのそういう部分を壊してくれた。観てくれるひとたちのこころに届くものがあるのであれば、これからもすすんでやっていく」と役者の顔にもどり、「いい作品をつくっていくためであれば」と静かに話す。
「自分の出演作でも、めちゃめちゃ冷静に観ます。最近思うのは、登場人物に感情移入して観るのはちょっとちがうんじゃないかな、ということ。そういう観方をすると自分の想いや知っていることを重ね合わせただけで終わってしまう。それは結局、自分自身を見ているのであって、映画そのものを観ているのではないんじゃないかなと思うんです。もうちょっと引いた距離から観ると、たくさんの発見ができる気がします。ぼく自身、記憶に残っている映画って、泣いた映画じゃないんですよね。泣くって、やっぱり感情移入するからこその現象だと思う。ぼくにとって“残る映画”は、観たときはちょっとショックだったり言葉が出なかったりしたものです。それがあとあとになって、ふくらんでくる。観たときは理解しきれなかった作品でも。最近は泣きたいひとが多くて、そういう方向に寄った作品も増えています。映画館に泣きにいくのは“ジェットコースターに乗ってスカッとする”という行為と同じようなことだと思うから、それもいい。でもそうでない作品もバランスよくあってほしい。ぼくはそういう気持ちで映画に参加しています」
写真家のホンマタカシさんとつくった『Bellevue Ryo Kase 加瀬亮─写真+言葉+全作品』には、海外のノミの市に捨てられた写真を見ると「むしょうに映画がつくりたくなる」という加瀬さんの言葉がある。
「香りと記憶って密接につながっていて、たとえばぼくは雨が降ったあとのアスファルトのにおいから、いろんな記憶に飛べる。それとよく似た感覚で、ノミの市でいろんな古いものを見ていると、今現在を生きているぼくのなかで何か立ちのぼってくるものがある。そうすると自然と映画のことが頭をよぎるんです。こういう感覚はぼくにとってはひどく自然なことなのです。監督はいつか機会がいただければやりたいと思っています。具体的に『こういう物語が撮りたい』というものでは、まだないんですけれど」
昨年公開された周防正行監督の『それでもボクはやってない』でいくつもの映画賞にかがやいた。今年もすでに8本の出演作が公開待機中だ。
「外見のイメージなのかもしれませんが、いわゆる“いいひと”の役をいただくことが多いです。でもぼくは性格の悪い役が好きで、そういうオファーはうれしい。むずかしいんですよね、“いいひと”とか“ふつうのひと”って。自分を抑制しなければならないから。わがままなヤツや悪いヤツだと素直にいける。『犬と私の10の約束』の星くんも天然キャラというところで、どこか“逃げ場”があったのかもしれません(笑)」
表紙の撮影中、『犬と私の10の約束』で共演した犬のソックスはクンクンと加瀬さんに鼻を寄せて甘える。ドッグトレーナーの「正面向いて」の指示にもうらめしそう。そんなソックスに“悪役好き”もクシャと表情がほころびっぱなしだった。
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